『トリンキュロ 思考としての家具』

トリンキュロ 思考としての家具 住まい学エッセンス

家具デザイナー・大橋晃朗の論集。

大橋さんの家具、とりわけ「木地箱」や「梯子棚」などの初期作品をあらためて見ると、とても良い。あらゆるものが表層へと還元されていった1970年代に、むしろ表面=仕上げを取り除くことで、別の表面の可能性を見いだそうとした。その試みに強く惹かれる。

仕上げを施すことは、基材がもつ時間を閉じ込めることでもある。反対に、仕上げを剥ぐことは、基材そのものと使い手との間に相互作用を生み出す。使い込まれることで傷や汚れが残り、やがて手沢となって現れる。大橋さんは、そうした家具と人との関係を「持続性」と呼んでいた。

本書では、伊東豊雄さんによる解説がとてもわかりやすい。伊東さんによれば、大橋晃朗の仕事は、大きく四つの時期に分けられるという。

1.木地箱
2.パイプ椅子
3.ボードチェア
4.布張りの椅子

振り返ってみると、この四つの時期は、大橋が師事した篠原一男の「四つの様式」とも呼応しているように思える。(しかし、大橋さんは師である篠原よりも先に、若くして旅立ってしまった…)

大橋さんは、篠原の《白の家》の設計にも関わっている。そこで家具を考える際、いきなり西洋的な「椅子」へ向かったのではなく、まず日本の伝統的な「座」を捉えようとしていた。箪笥のような箱の制作から始まり、やがて「台」という概念へとつながっていく。椅子を台のようなものとして捉え、台を座とし、そこに背もたれを加えていく。この展開はとても興味深い。なかでも個人的に面白かったのが、折りたたみ椅子の「Xフォールディング」である。折りたたみ椅子は、戦場や移動の場における、いわば可搬式の玉座でもあった。そこでは権力性と可搬性が結びついている。

大橋さんの家具には、道化やトリックスターのような性格もあったのかもしれない。「トリンキュロ」は、シェイクスピアの劇に登場する道化的な人物である。トリックスターとは、通常とは異なる方法で不意に現れ、物語の定められた筋道から逃れていく存在だ。既存の家具の形式や意味から、少し身をかわすようにして別の可能性を示す。大橋さんの家具にも、そうした身振りが感じられる。

「梯子棚」も面白い。棚としての機能を備えながら、仕上げによって素材を覆い隠すことはしない。使い続けることで、手の脂や摩擦による黒い光沢が生まれていく。家具は完成した状態で固定されるのではなく、使い手との関係のなかで変化し続ける。非常にインタラクティブな家具だと思う。

急に思い出したが、いわゆる「塩系インテリア」も、もともとは西海岸や地中海沿岸のような、日差しの強い地域の風景と関係していたのではないか。強い紫外線に長くさらされ、色素が抜け落ちたような色彩をもつインテリアである。その意味では、単なるスタイルではなく、かなり地理的な要因の大きい表現だったように思う。

ポストモダンの幕開けとともに、家具もまた、機能や意味、目的合理性から切り離されていった。その最中に家具を考えることには、大きな困難があったように見える。何のためにあるのか、何を意味するのかという前提が揺らぐなかで、家具をどのように成立させるのか。大橋さんの仕事は、その問いに向き合っていた。

伊東豊雄さんは、笠間の家の家具について、それらがこれからの大衆や庶民を意識してつくられたものであったと述べている(p.199)。しかし、設計者たちが思い描いた「庶民のための家具」と、当の庶民が実際に好んだものとの間には、ある種の掛け違いがあった。

安価で豪華に見えるものと、安価でシンプルに、素材をありのまま見せるもの。人々が求めたのは前者であり、大橋たちが提示したのは後者だったのかもしれない。木地箱は、合板を仕上げで覆わず、そのまま見せている。時代が違えば、現在まで広く生き続ける家具になっていた可能性もある。プライウッドを素材として積極的に見せる表現としても、あまりに早すぎたのだと思う。

なるほど、仕上げとは、素材や使用の痕跡を消去することなのかもしれない。仕上げをしないということは、傷や汚れ、擦れといったものを、そのまま受け止めることでもある。家具を完成品として閉じるのではなく、時間とともに書き加えられていくものとして開いておく。その態度が、大橋晃朗の家具にはあった。

ところで、「住まい学大系」は、今後それぞれ「住まい学エッセンス」として刊行されていくとのこと。続刊も楽しみ。