ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』

私たちは未来について考えるとき、過去のデータや経験から規則性を見つけ、その傾向を先へ延ばそうとする。これまで繰り返されてきたことは、これからも同じように続くと考える。しかし、歴史や社会、あるいは個人の人生を大きく変えるのは、そうした延長線上からは予測できない、稀で重大な出来事であることが多い。
ナシーム・ニコラス・タレブは、事前にはほとんど予測できず、発生すると大きな影響を与え、起きた後にはもっともらしい説明が加えられる出来事を「ブラック・スワン」と呼ぶ。黒い白鳥が発見されるまで、すべての白鳥は白いと信じられていたように、どれほど多くの事例を観察しても、次に現れるものが同じであるとは限らない。
問題は、予測不能な出来事が存在することだけではない。人間が過去に見つけたパターンを未来にも当てはめ、そこから外れる出来事を見落としてしまうことにある。統計や経験則は未来を考えるための有効な手がかりではあるが、それらが扱えるのは、基本的にすでに観測された世界の範囲内である。その外側から訪れる出来事に対しては、構造的な盲点を抱えている。
さらに、出来事が起きた後には、それが必然であったかのような物語がつくられる。過去を振り返れば、歴史は一定の因果関係に沿って進んできたように見える。しかし、その物語は、実際に起きた出来事だけをつなぎ合わせたものである。その陰には、起こらなかった無数の可能性や、別の経路が存在している。タレブが促すのは、不確実性を完全に排除し、予測の精度をどこまでも高めることではない。そもそも予測できないものが存在する以上、未来を言い当てることには限界がある。むしろ重要なのは、予測が外れたときにも致命的な損害を受けない仕組みをつくること、そして予想外の変化を受け入れられる余白を残しておくことである。
不確実性は、回避すべき危険であるだけではない。予想外の出来事によって、新しい機会や可能性が開かれることもある。ひとつの未来像にすべてを賭けるのではなく、損失を限定しながら、思いがけない変化から利益を得られる構造を考える。そこでは、不確実性は排除する対象ではなく、付き合い方を設計する対象となる。
未来を読むとは、予測精度を上げることではない。私たちが何を知らず、何を見落とす可能性があるのかを理解し、予測不能な出来事に耐えられる構造を築くことである。本書は、未来を予測の対象から、不確実性との関係を考える対象へと置き換える一冊である。