商業空間と没入性

長谷川堯が『建築の士農工商』を論じてから半世紀近くが経った。商業空間を取り巻く状況は大きく変化したものの、その根底にある価値観まで変わったのかと問われると、そうとも言い切れないように思う。商業空間に対してどこか穿った見方が向けられるのは、単なる職能ヒエラルキーだけではなく、空間そのものの構造にも理由があるのではないかとも思う。最近になって、門脇耕三が「建築的牢獄からの脱走──《SAYAMA FLAT》について」で論じていた内容が、この問題と重なって見えてきた。

門脇は、近代建築における「空間」という概念をたどりながら、床・壁・天井によって閉じられたルームに一対一で機能が対応するとき、その空間は機能的に排他的となり、「建築的牢獄」が成立すると指摘する。さらに2000年代後半には、多様な空間を単一の幾何学やコンセプトによって統御しようとする建築が広く支持されたことも批判的に論じている。ここで問題となるのは、空間を貫く論理が一つしか存在しないことである。

純粋であるがゆえに排他的な空間によって構成される建物は、そこに与えられた定義を脱せないという意味で、建築的牢獄である。(中略)近代建築が抱えた機能システム的な牢獄性は1960年代に批判にさらされることとなり、それ以降、空間ー機能システムとしての建築を超越しようとする試みが積み重ねられることになるのであるが、一方で2008年ごろの日本の建築界は、多様な空間を単一の幾何学的形式によって生成できるとする考えに席巻されていた。p.152

この指摘は、同時期のラグジュアリー・ブランド建築にも当てはめられるのではないか。

2000年前後のブランド建築では、建築家は単に店舗を設計するのではなく、ブランドが持つ記号や歴史、素材感を空間そのものへ翻訳することが求められた。青木淳によるルイ・ヴィトン表参道では、ブランドの起源であるトランクが建築ボリュームとして積層され、ピーター・マリノによるシャネル銀座では、ツイードやロゴがメディアファサードとして都市へと拡張される。建築は商品を収める器ではなく、ブランド・アイデンティティを空間へと変換する装置となる。

ブランド空間では、その世界観が隙間なく展開されることが求められる。来訪者をそのブランドの物語へ没入させるためには、空間を構成する論理が一貫している必要がある。その意味で、ブランド空間は門脇のいう単一の論理によって貫かれた空間と重なる部分を持っている。商業空間に対して建築界が距離を置いてきた背景には、この論理的な閉鎖性も少なからず影響しているのではないかと思う。

筆者自身が建築教育を受けていた2010年代には、「建築はいかに街や社会へ開かれているか」が一つの規範として共有されていた。住宅であっても周囲の街並みや地域との関係を読み解くことが重視され、それが当然の設計態度として教えられていた。齋藤純一が『公共性』で整理した official・common・open の三つの公共性を思い返すと、当時の建築教育は、とりわけ open の公共性を強く志向していたようにも思える。また、東日本大震災以後という時代背景も、その傾向を後押ししていたのかもしれない。

そのような価値観から見れば、ブランドという単一の論理を徹底して構築する商業空間に違和感を覚えるのは、ある意味では自然なことでもある。

しかし最近になって、この閉鎖性を単純に否定することもできないのではないかと思うようになった。

ブランド空間が没入性を追求するのは、消費へと導くためだけではない。そこには、日常から一時的に切り離されることによる休息の機能も含まれているのではないか。リゾートやテーマパークがそうであるように、一つの世界観に身を委ね、「考えないこと」が許される時間を生み出す。そのような没入性は、商業空間が持つもう一つの価値でもある。

さらに近年は、商業と公共の境界そのものが揺らぎ始めている。

  1. 日本では商業建築の床需要が中長期的に減少すると言われ1、店舗はモノを売る場から体験を提供する場へと役割を変えつつある。一等地の商業施設でも、小売区画よりカフェやラウンジのほうが賑わう光景は珍しくない。また、PPPやPFIのように公共空間へ商業機能を組み込む事例も増え、「稼ぐ公共空間」がごく一般的になってきた。

こうした変化を見ると、商業空間はもはや閉じたブランド世界だけを構築する場所ではなくなりつつある。かつて建築界が対立的に捉えてきた「公共」と「商業」は、現在では互いを侵食しながら、新しい空間のあり方を模索する段階に入っているのかもしれない。世紀前に長谷川堯が『建築の士農工商』を書いたときと比べると、商いの空間を取り巻く状況は確かに変わった。しかし、商業と公共をどう位置づけるのかという問いは、まだ十分には更新されていないように思う。だからこそ今あらためて、商いの空間を、公の空間との関係から考え直してみる必要があるのではないだろうか。

1国土交通省「建築着工統計調査」によれば、全国の卸売業・小売業用建築物の着工床面積は、2015年の約756万㎡から2024年には約445万㎡へと、約4割減少している。これは既存の商業床の総量ではなく、その年に新たに着工された床面積を示すものであり、商業建築の新規供給が縮小している傾向を表している。https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/jouhouka/sosei_jouhouka_tk4_000002.html