プラダとナイロン/あるいはラグジュアリティにおけるもう一つのゲームについて

趣向を凝らした装飾、手の跡を感じさせる造形、希少性や本物とされる素材。
日本におけるラグジュアリー空間は、こうした要素によって特徴づけられることが多い。その設計態度は、本質主義的な価値観に依拠し、素材や作りの「上質さ」を積極的に顕示しようとする。しかし、その「ラグジュアリー」と呼ばれる空間のあり方には、なお捉えきれない現象的な曖昧さが存在する。本稿は、そのようなラグジュアリー空間に対して、別の輪郭線を与えようとする試みである。
まず、空間の意匠性に対するラグジュアリーとは、贅沢や嗜好品の延長線上にあるものとして、レジデンス、ホテル、レストラン、ブティックなどにおいて空間性を伴って名指しされる。しかし、ラグジュアリーというゲームを相対化し、構造を輻輳化した存在があった。それが、プラダというブランドであり、そこで形成された空間のデザインである。
プラダのデザイナーであるミウッチャ・プラダは、ミラノ大学で政治学博士号を取得し、1970年代にはイタリア共産党系のフェミニズム運動にも関与していた。装飾や階層記号への批評的視線を内面化していた彼女の関心は、やがて既存のラグジュアリーコードをずらすという戦略へと昇華されていく。その最初の象徴が、1984年に登場したナイロン・バックパック〈Vela〉である。

〈Vela〉に使用されたのは、軍需品由来の防弾ナイロン〈ポコーネ〉であった。本来は廉価で実用性に富むが、ラグジュアリーとは結びつかない素材とされていた。しかしミウッチャは、あえてそれを高価格帯プロダクトへと転用することで、「廉価素材=高級品」という逆説を提示した。ここには、素材に刻印された意味を読み替え、批評的転用によって市場価値の構造を揺るがす企図がある。
素材への着目や新しい装飾への応用は、当時の建築やデザイン領域でも「新建材ブーム」として展開されていた。プリント合板や塩ビシート、FRPといった工業製品をいかに空間へと導入するかが問われていた時代、一見するとプラダのナイロン登用もその延長に見えるかもしれない。しかし、プラダの試みはそれとは決定的に異なる。というのも、ナイロンは1935年にアメリカのデュポン社によって開発され、第二次世界大戦を通じて軍需素材として広まり、1950年代以降は合成繊維革命の中で日用品へと普及していった、すでに「ありふれた素材」であったからである。したがって、プラダがナイロンをあえて採用するということは新素材の誕生への対応ではなく、すでに流通していた軍需ルーツの安価で実用的な素材に対して、あえて積極的にアパレルへと採用し、既存の価値構造を反転させた。
上質な素材、本物であること、高価であることを基準とするラグジュアリーブランドのゲームにおいて、プラダはナイロンによって素材に刻印された意味を批評し、差異化を実践した。これは消費社会における差異化戦略のひとつであり、社会学的視点を持つミウッチャによる精緻なアンサーであったと読み解くことができる。
そのような素材に対して、あえて高級ファッションの場に引き上げたこと——すなわち「素材の逆転価値」を成立させたこと——に、プラダの革新性はある。

この思想性は、プロダクトにとどまらず空間設計にも拡張された。2000年前後、プラダはレム・コールハース率いるOMA/AMOと協働し、「Epicenter」プロジェクトを始動させる。なかでも2001年にニューヨーク・ソーホーに完成したEpicenter NYは、ナイロンの転用思想を空間スケールで再演するものであった。
Epicenter NY の設計では、「Luxury is rough(ラグジュアリーはラフである)」という逆説が中心に据えられた。例えば、180フィートのジブラウッド床は滑り台のように波打ち、節や木目の粗さがあえて残されている。金属メッシュのケージが天井を往復し、電気クロモガラスを用いたフィッティングルームは透明と不透明を切り替え、視線とプライヴァシーの不確定性を生む。さらに象徴的なのは、2階の壁面に使われた吸音材である。通常であれば裏側にプラスターボードが、ここではあけすけに露出し、仕上げの概念そのものを問い直している。

この素材は、通常ならば仕上げ材の裏側に隠される材料であり、一般的な空間設計においては前面に現れることのないものである。しかしここでは、**あえて裏側の素材が剥き出しにされ、即物的に提示されている**。ナイロンにおいて「安価な素材をラグジュアリーへ転倒させた」プラダの思想は、ここでも空間的に反復されている。
仕上げとは何か、裏と表とは何か――そうした問いを空間の中に刻み込むこと。仕上げを隠すことではなく、裏側の現実を露呈させることで、かえって新たな意匠性を発生させる。このアプローチは、2010年代以降に隆盛するリノベーション文化にも通底していく。現し(あらわし)仕上げ、構造材の露出、剥き出しのサービスインフラ。これらの感性や価値体系は、PRADA エピセンターで先行的に実験されていたのである。
このような価値転倒を図るような手法を、今から振り返ってみたとき、たとえば日本においては1980年代に西武グループが手掛けた無印良品の店舗デザイン(杉本貴志)の一連の仕事に、その雰囲気を掴み取ることはできるかもしれない。杉本による無印良品のインテリアデザインは、ブランド全盛期の時代におけるアンチブランドとして(しかしそれ自体が非常に消費社会に対する巧みなマーケティング)打ち出された、材料が即物的なレイヤーで展開されているアプローチに、類似性を見出すことができる。

あるいは長坂常/Shemata Architectsによる2007年のリノベーションSayamaFlatは、既存のマンションの仕上材を剥がしたまま終えたような設計がなされており、ここにも裏側の設備、あるいは既存で表象されていたマンションのイメージそのものの価値転倒を見て取ることができるだろう。非常にシビアな予算の中でプロジェクトを達成するために生まれたアプローチであると長坂は述べているが、このSayamaFlatの登場は、のちのリノベーションの作品に対して美学的にも色濃い影響を与えている。
ここまで、既存の価値を転倒させるかたちでの設計アプローチをいくつかの類例とともに記してきたが、いずれにせよ共通して言えるのは、ある固定化した・既成化した事実に囲まれ事態が硬直した際に、これら価値転用はそこからある種のメタゲームとして、(ときには消費社会論に対する脱臼として)機能する、という点にほかならない。
むろん、それらがラグジュアリティに貢献しているのかどうかは更なる議論が必要であるが、あくまでもラグジュアリーという美学の領域を押し広げるような存在であることは間違いない。

当初は、大手ラグジュアリーブランドのなかでの差異化戦略であったその試みは、やがて社会的・経済的要請とも合流し、資源の有効活用や空間の持続可能性への感覚とも重なり合った。プラダのナイロンと、その空間戦略は、単なる素材選択や演出ではない。ラグジュアリーとは何かという問いに対する、鋭い批評であり、また新たな構築の試みだったのである。